ぼくは大学受験に失敗した。
「大学では死ぬ気で勉強して、受かった奴らを見返してやる。」
入学する前はそう思っていた。
入学した後もしばらくは真面目に授業を受け、先生の言ったことをノートにまとめていた。
けどそれは長くは続かなかった。
ぼくは一年も経たないうちに悔しさを忘れた。
「チャンネル登録とグッドボタンは下の概要欄から!」
もう何千回、いや何万回と聞いたこの台詞。
この動画を見終わったら勉強を始める。
あと1時間したら。
昼飯を食べたら。
一回寝て起きたら。
いつまでも自分の都合の良いように言い訳をする。
そして1日が終わる。毎日がこの繰り返しだ。
だから大学は安定の自主休講。
ある日は雨が降っていたから。
またある日は体調が悪かったから。
そしてまたある日は何となく行きたくなかったから。
もはや理由なんて何でも良かった。
ただ大学を休んで何もしていない訳じゃない。
根っこが意識高い系のぼくは、親からの仕送りのほとんどを自己啓発本に費やした。
「この本を読めば君は変われる!」
「明るい未来への一歩を踏み出そう!」
書いてある言葉の一つ一つが心地よかった。
読み終わった瞬間は何でも出来るような気がする。
ただ時間が経てば何が書いてあったのかも忘れてしまう。
そしてまた読んで気持ちよくなる。
自己啓発本は心の麻薬だ。
意識高いイベントにもよく参加していた。
大好きな自己啓発本の著者に会える機会があるならどこまででも行った。
こういうイベントは決まって周りの参加者と交流する時間がある。
ある日のイベントで隣になったのは学生起業家だった。
エンジェル投資家からの投資を募っている段階だったらしい。
またある日のイベントの隣は誰もが知っている超一流企業の社員さん。
それ以外にも会社経営者、バリキャリの女性、著者が経営している会社の社員さん。
今考えればめちゃめちゃ惨めだった。
ただ当時のぼくは「こんな人たちと対等に話している俺は最強。」と思っていた。
大学生であることで、ギリギリ市民権があっただけだ。
本当に世間知らずのクソ野郎だった。
「俺は特別な存在なんだ。周りの奴らとは違う。」
大学1年の頃のぼくは本気でそう思っていた。
イベントが終わった後のぼくは、完全にフロー状態だった。
何をやっても上手くいく。俺に怖いものなんかない。
ただそんな麻薬の効果はすぐ切れる。
そうなれば後はもう堕ちていくだけだ。
家にストックしておいた「ごつ盛り」をすすりながらYouTubeを観る。
脱ぎ捨てられた洋服。
飲みかけのペットボトル。
ぐちゃぐちゃになった授業のプリント。
そんな部屋で1日を過ごしていた。
ただそんなぼくはもういない。
きっかけは、当時張り切っていた会計士の勉強が上手くいかなかったこと。
簡単に説明すると、その学内のテストで実力不足だったから落ちた。
周りには気にしてないような振りをしていたけど、本当は悔しかった。
誰よりも勉強した。
誰よりもそれに賭けていた。
胸を張ってそう言える自信があった。
それなのに、ぼくの番号はそこになかった。
「残念ながら、不合格です。」「残念ながら、不合格です。」
今でも忘れない、あの時の音声が頭をよぎった。
その瞬間、「自分はまだ何者でもない」と気づいた。